彼が来た、その日から・・・・、この教室は別のモノとなった。
透明な部屋・・・透き通るように、綺麗な教室。
彼が奏でる音は、本当に綺麗で。
僕は、出会ったその日から恋に落ちた。
透き通るような
君の音
・・・・〜♪〜♪〜・・・・〜♪
夕焼けが差し込む旧校舎の階段。
オレンジ色の床を、小さな足音を立てて3階まで上がる。
誰もいないこの校舎に、音楽室から静かにベースの音が響き渡る。
誰も知らない、僕だけが知っている彼の放課後。いつも彼は、一人で綺麗な音を奏でている。
彼に出会ったのは半年前。桜が見事に咲き乱れていた頃。
その日は朝から凄く晴れていた。眠気を誘うほどに。
チャイムの音が響き渡り、授業が始まる。午後最初の授業は音楽。
眠気を誘うにはもってこいの授業だった。
僕を始め、周りの友達ももう眠そうだった。
ガチャッ
静かに音楽室のドアが開く。
僕は閉じかけていた目を開いて、開いたドアの方を見る。
ドアには春の陽気に包まれた彼が立っていた。
彼も又眠そうに、おっとりした雰囲気のまま僕らの前に立った。
第一声
「初めまして〜・・・、音楽の担任の那おきデス。ヨロシク」
ずいぶんゆっくりした喋り方だった。
をいをい。こんな先生で大丈夫なのか・・・・:
きっとみんなそう思ったに違いない。
だって、今にも寝てしまいそうな態度、あくびはするし、喋り方もおっとりで、出席を取っていても
「はぁい・・・、じゃぁ・・・・え〜っと・・・・伏見慎一郎くん・・・・」
と、本当にゆっくり。
そして天然っぽかった。
那おき先生ともう一人、副担任の先生が言った。
「みなさん、那おき先生はベースがお得意なんで、弾いてもらいましょう」
ガタガタ
ベースを弾けるだけのスペースを作る。
先生は座るための椅子を用意し、僕たちは輪になって座った。
〜♪♪〜〜♪〜♪・・・・♪〜♪〜・・・
まさに、それは初めて耳にした音だった。
綺麗・・・・透き通るほど、綺麗な音。そして、静かに耳の音に響く。
でも僕は、音以上に那おき先生の綺麗な顔にも魅入ってしまっていた。
整った鼻のライン、長すぎる程の睫毛、優雅な顔立ち、弦を弾く指は白く。
春の陽気に包まれた彼は、誰も立ち入ることは出来ないくらい綺麗だった。
あの日から、僕は彼に恋をしている。
もう、自分でも止めることが出来ないくらい、彼が好きだ。
タン・・・
階段の最後の一段を踏み終え、音楽室の前に立つ。
此処を訪ねるのは、今日が初めてじゃない。
前にも一度放課後に来たことがある。でもそのとき深澤先生も一緒だった。
少し嫌な雰囲気だった。
ピアノの椅子に座っている那おき先生の顔が赤くて、深澤先生はなんか嫌な笑い方をしていた。
でも、今日は深澤先生は出張で居ないし。
高鳴る胸を押さえてドアノブを回す。
ガチャッ・・・・ギィィ・・・
古びたドアが音を立てて開く、それと同時に綺麗な音は止まる。
教室の窓際、一番前の席。夕日の逆光を浴びる那おき先生の姿。
「あ、まやくん」
おっとりした声で彼は言う。
「先生、続けて下さい」
「あ、うぅん、もう良いの。もうそろそろ帰る頃だったし」
そういって先生は道具を片づけ始めた。大きな楽器をケースにしまい、弦を丁寧にケアし、椅子を片づける。
僕はその光景を一つ残らず目に焼き付けていた。
彼は、いつでも綺麗な人だから。
ベースを片づけ終わって先生は教室の椅子に座る。僕は先生の隣に座る。
「で、まやくんどうしたの?」
「え?」
「いや・・・こんな時間に来るから・・・・、何か忘れ物?」
「いいえ、そんなんじゃ無いです。先生に会いに来たんです」
「・・・・僕に?」
「えぇ」
「ん〜・・・、何か相談事?」
「ううん。そんなんなんでもないよ。・・・先生に、会いに来たの」
「ぁ・・・・・ぅん」
先生は小さくうなずいた後、黙り込んだ。
静かに沈黙が流れる。
夕日は傾き、さっきより少し暗くなった。
「・・・・ねぇ、先生」
「うん?」
「僕ね・・・・一つ、相談したいことがあるんですよ」
「何?」
「・・・・僕のね、好きな人の話なんです」
「うん」
「僕、好きな人がいるんです。しかも年上で・・・・。
とてもね、綺麗な人なんですよ。音楽が趣味なんです」
「うんうん」
「その人は天然で、けっこうおっとりした感じの人で・・・クスクス。
動きとか、見てるだけで面白かったりするんです。でも・・・其処が大好きなんです」
「でもね・・・先生、その人他に好きな人がいるんです」
「・・・・・」
「僕の好きな人は、その他の人が好きで・・・、何度も、彼に泣かされて居るんですよ」
「・・・・・ぅん」
「その人のこといつも見てるから分かるんです。
いつも辛そうな顔してました。苦しそうな顔してました。それで、相手もその気持ちを分かっていながら振り向かないんです」
「・・・・・」
「この前、音楽室で、その二人を見たんです。とても嫌な雰囲気でした。
僕の好きな人は、彼に泣かされていたんですよ。・・・僕、それを観て、もう我慢できなくなりました」
「・・・・・まやくん」
「ねぇ、先生・・・・俺は・・・・絶対にに先生を泣かせたりしないよ」
「まやくん・・・」
「俺、先生になんな顔して欲しくない。俺は泣かせない。俺は淋しい思いもさせない。傷つけない」
「・・・・」
「だから先生・・・・。もう、苦しまないで。俺、先生の事」
「まやくん!」
俺の言葉を遮ったキツイ声。
先生は下を向き、手を、ずっと握りしめている。
「だ・・・・だめだよ、まやくん。まず、僕たち男同士だし・・・」
「そんなこと関係ないよ」
「それに・・・・先生と生徒・・・・だし」
「僕が学校やめます。そうしたら良いでしょ」
「ちょっ!まやくん其処まで僕は・・・」
「本気・・・何です。先生」
「・・・・・」
「本気で・・・本気で、先生のこと愛しています」
「先生・・・・」
少し身を前に出して、先生の手を握る。
「ちょっ、まや・・・っん!!」
言葉で言うのがもどかしくて、無理矢理キスをしてしまった。
「っんん!!・・・やめて!!」
言葉と同時に突き放された。
先生は手の甲で唇をこすりながら、少し涙目だった。
「先生・・・・ごめん、でも、俺本気だから・・・・こうするしか」
「うん・・・・、まやくん・・・・、君の気持ちは、良く・・・・分かったよ」
「先生・・・」
「でも・・・・・
でも・・・でも、駄目なの。・・・・僕は、駄目なの」
「先生・・・・どうして」
「駄目なの、僕は・・・・僕は、彼じゃないと・・・駄目なの・・・」
「先生」
「ごめんね、僕は教師失格だね。
自分でも、馬鹿だって分かってるよ、辛いって、悲しいって、分かってるはず何だけどね」
「ぃゃ・・・・やだよ、やだよ先生。どうして・・・どうして」
「僕はね、深澤先生とは結構長いつきあいになるんだ。大学の頃からのつき合いで。
あの頃は二人で暮らしていて、暮らしは貧しかったけど僕は幸せだった」
どうしていま、そんな話をするの・・・
「でも、大学を出る頃、些細なことで喧嘩して別れてしまって・・・・
仲直りしようと思って、彼の家に行ったら・・・・彼、もう他の人と・・・・」
やめてよ・・・そんな苦しい話は。やめてよ。
「僕も、忘れようとしてた。一生懸命。最近になってようやく忘れかけた頃、彼がこの高校に就任した。
お互いがビックリしていたよ。古い傷も痛んだ・・・でも、それ以上にね、会えて凄く嬉しかった」
先生は立ち上がり、窓を開けた。
秋風が教室に入り込む。
「・・・・自分でも、馬鹿だって思ってるよ。・・・諦め悪いなって。・・・でもね。やっぱりそれでも」
「もう聴きたくないよ先生!」
「・・・・あ」
先生は僕の方に振り向く。僕も立ち上がり、先生の真正面に立つ。
「・・・・もう、良いよ」
「まやくん・・・・本当に、ごめんね」
「でも・・・先生・・・俺も、先生と同じように・・・先生じゃないと駄目なんだ」
「まやくん」
「俺だって、俺だって・・・好きなんだ。・・・先生があの人を好きな気持ちと同じくらい」
「・・・・・」
「迷惑だって、分かってる・・・。やな奴だっていうのもわかってる」
でも、好きなんだ。
「先生・・・俺・・・・待つよ」
「ぇ?」
「先生が、いつか俺を好きになってくれるって思って、待ってても良い?」
「でも・・・・」
「お願いだよ・・・」
先生は俺の肩を優しく抱いてくれた。
「あ・・・・せん・・・・」
「・・・・・こうやって・・・たまに君に、甘えても良い?」
「いつでも、いつでも甘えてよ!俺の体、全部、先生にあげるから」
「ありがとう」
先生は小さく言った。
その後少し抱き合っていた。
夕日は、もう沈んでいた。
帰り際、先生が言った言葉。
「まやくん、恋愛は初めて持つ楽器みたいなんだよ。
初めてだから使い方もよく分からない、ベースは音が綺麗に出るこつを掴むまでが大変で、音が出たと思ったら偶然だったりする。
相性の悪いモノ、良い物。それって、少し恋愛に似ていないかい?」
音楽の先生らしく彼は言った後、帰っていった
街灯が彼の白い肌を映し出していた。
僕は、あの悲しい音が鳴るベースを奏でることが出来るのだろうか。
透明な音が出る、あの楽器を。
END
だーっ!!しゃーっ!!まや×王子!!
もう駄目ポー!!
なんだよこのかわいそうなまやくんは〜(自己嫌悪)
もうこんなお話は複雑すぎるので書くモノではないですね。
はいはい、すいませんせした(土下座)
2005.04.23